冬のマズルカ

                                          
 マズルカ、それはショパンが生涯折に触れて作り続けた舞曲である。小林さんは、一年前この場所で、とてもうれしそうに数曲を披露してくれた。
 どこまでも続く白い雪原、重たく雲がたれこめた空。そう、ここから見える風景が、ピアニストにある種の軽い興奮をよびおこし、愛すべき小品たちは、左手できざまれる独特のリズムとともに、自由に解き放たれたのだった。風景に触発されて作曲家が作品を生み出すことがあるように、演奏家だって目の前にひろがる景色からインスピレーションが湧くことがあって当然だ。われわれ耳を傾ける側だってまったく同じことで、ふだんコンサートホールで聴くときとはちがった空気を感じながら、音楽に身をゆだねることができる。それはひょっとすると、作曲家自身が身をおいていた場所の景色ととてもよく似ていたかもしれない、という楽しい想像へとかきたてられたりもする。
 「またここでマズルカを奏きたい。」 と言った彼の想いが、音符にのってどう伝わるのだろうか。  さて、今日のメニューは前半がバッハのフランス組曲第5番とストラビンスキーの「ペトルーシュカ」。コーヒーブレイクをはさんで、後半はスペインの作曲家モンポウの「内なる印象」と、ショパンのマズルカを5曲。
 バッハやモンポウは、聴き手との距離がこのような空間で自分の曲が演奏されていることを知っ たなら、「作曲家をやっていてよかったな」と思うことだろう。数日後、薫風舎と小林さんに礼状が 届くかもしれない。そんな作品である。
「ペトルーシュカ」はおもちゃ箱をひっくり返したような愉快な曲。もともとバレエのために作られたもので、どんな演奏になるのか、とてもたのしみ。小林功、新天地を拓くか!とおおいに期待されるところである。そして最後にショパン。ポーランドの冬の風景ってどんなものなのか、それぞれイメージを抱きながら耳を傾けたいものである。
 昨日の札幌に続いて、今日美瑛で演奏したあと、同じ曲目で、四月には東京の津田ホールで、コンサートが予定されている。くわしいお話は曲の合間に説明していただけるはずである。
 小林さんは現在、宇都宮大学の助教授だが、ソロのほか、室内楽や合唱伴奏など幅広く活躍している実力派。ドイツで学んだだけあって、とりわけバッハの演奏には定評があるが、最近はレパートリーをさらに広げ、大いに期待されている。衒い(てらい)のない実直な演奏スタイルは近年の音楽界にあって、異彩をはなっている。
 彼にとっての最初の北海道は、学生時代の「芸大生によるコンサート」。その後明治大学のグリークラブの伴奏者としても2回ほど訪れている。これまでのコンサートの中で、とりわけわたしの印象に残っているのは、チェリスト林峰男さんの伴奏で来られたときのことだ。小さな町でのコンサートで、ピアノを習っている子供達も聴きにくるので、できればピアノソロの曲も10分程度で披露してほしい旨を伝えた。すると、小品を4曲奏いてくださった。バッハのコラール、ショパンの「黒鍵」、スクリャービン、そして北海道ゆかりの作曲家、伊福部昭(いふくべあきら)の作品というものだった。演奏がよかったのはもちろんだが、短い時間にバッハから現代日本の曲まで盛り込んだ選曲に小林さんの心意気を感じ、それ以後、音楽談義を興ずる間柄となった。
 そんないきさつの中でつぎつぎとユニークなコンサートが実現してゆく。モーツアルト生誕200年の年にはモーツアルトの作品をあつめてコンサートがひらかれた。さらにバッハの大作「平均律クラヴィア曲集第一巻」全曲演奏会が、絵本ばかり集めた図書館でおこなわれた。これは画期的な演奏会だった。140人の聴衆は、チェコスロバキア製のアップライトピアノから紡ぎ出される新鮮なバッハを堪能した。この時の演奏は小林さんの芸大時代の師匠、伊達純先生もたいへんよろこんでくださったという、記念すべき一晩であった。
 じつは自分の節目になるコンサートのたびに、小林さんはドイツにわたり、ピヒト・アクセンフェルト先生に聴いてもらってアドバイスを受けている。その真摯(しんし)な姿勢が、音楽に反映されて、開花してゆくときを迎えているのである。
 どうかゆっくりとくつろいでお楽しみを。                (ひらまつ かずひこ)