アンコールワット(カンボジア料理)ー 東京代々木
Winter Piano Concert で薫風舎ではすっかりお馴染みのピアニスト、小林功さんに、例のごとく「近くにどこかおいしいお店はないですか?」と相も変らぬ質問をしたのは、第一回目のコンサートのときだから、かれこれもう6年くらい前のことである。小林さんすかさず、「カンボジア料理!」。カンボジア料理とはいったいどんなものなんだ?私は想像力をかき立てられた。それから、あれこれとおいしい想像をふくらませ、虎視眈々と店を訪れるチャンスをうかがっていた。そして、ようやくその夢が実現したのは、それから2年後のことだった。
北の果て美瑛から、東京のお店に2度3度と足を運ぶということは、いくらおいしいといってもそうあるものではない。何しろ行く度に「行きたい店」「行かなければならない店」が増え、その都度、厳選に厳選を重ねるのだ。しかし数年前初めて食して以来、このカンボジア料理店「アンコールワット」は、中でも数少ない私たちの「行きつけの店」となってしまった。
この4月に、小林ファミリーとちょうど居合わせた(!)旭川の平松氏と一緒に、久しぶりにまた来店を果たし、改めてまたここのおいしさを実感した。このカンボジア料理、ひとことで言うと、ベトナム料理と中国料理の中間のようなものだ。考えてみれば当たり前のことである。今ではめずらしくなくなった、ベトナム風生春巻きに始まり、さつま揚げのような揚げ物や、すっぱくて甘いサラダ、蟹のたっぷり入った春雨炒め、とにかくそそられるメニューが目白押しで、どれを選ぶか頭を抱えてしまう。しかし、心配には及ばない。迷っていると、ぶっきらぼうなカンボジア人の店員が、口早に料理を決めていく。決めていくと言うのは変な話だが、ここでは難しいことは言ってはいけない。2、3のこちらの希望をいって、あとは言われるがままにして間違いはないのだ。後から法外な請求をされることもない。今回も、私たちが唖然としているままに、なにやらメニューは決まってしまったらしい。(ひとり平松氏は納得がいかないようだった。)それがここの掟なのだ。しかし、これだけは言ってておかなければならない。「最後にクイテウ。」と・・・。クイテウとは、ベトナム料理でいうフォーである。お米でできた麺で、汁は塩ベース。干しえびやトリガラを使っていると思われるスープのおいしさは、独特で、これ食べたさにまた次はいつ来れるか、とつい思ってしまうのだ。帰ってからも、ラウンジの掃除機を掛けながら、ふと気づくと「クイテウ・・・。」とひとりつぶやいている。
アンコールワット・・・渋谷区代々木1−38−13住研ビル1F/03-3370-3019
FIASCHETTERIA Bar Pomat(バールポマト)ー東京恵比寿
恵比寿の駅から渋谷方向へ少し歩くと、あるいは代官山から坂を下っていくと、恵比寿西一という割合と大きな5差路がある。その交差点の渋谷方面へ向かう一番大きな道沿いに、小さなイタリア料理店はあった。中へ入ると、喫茶店風のそう広くはない店内は、巷にあふれる今風の洒落たつくりの店とは別の、一種の風格と落ち着きをもって、私たちを迎えてくれた。メニューはアラカルトのほか、4種類のアンティパストと数種類から選べるパスタ、メインは魚または肉料理、それにドルチェとエスプレッソのつく5000円のコースがあった。ワインの品揃えも幅広く豊富だったが、飲めない私たちはイタリア産の天然発泡水サンペレグリノとコース料理を注文した。
オーナーシェフとアシスタントのイタリア人らしきシェフ二人が、厨房の中と外をすべて切り盛りしている。すでに奥には常連客らしき人たちが食事を始めており、私たちの後にも、やはり常連の客6、7名が入ってきた。程なく私たちの前には、丁寧に作られたえびのテリーヌと4種類のピュレののった、美しい色合いの皿が運ばれてきた。えびの食感の残る桜色のテリーヌもさることながら、丁寧に作られた色とりどりのピュレのおいしかったこと。続いて白身魚のカルパッチョ、ムール貝のグラタン、大胆にトングで皿に盛られたグリーンアスパラガスなどの前菜は、どれも吟味された素材を際立たせるように、絶妙なバランスで上質のオリーヴオイル、ビネガー、香草などが施されていた。サンペレグリノがまた、料理の味をさらにおいしくしてくれた。
パスタは、主人がトマトのソース、私はタラバガニのクリームソースを選んだ。ドライトマトを使ったよく煮込まれたナスのトマトソースはこくがあり、タラバガニのパスタは、やはりくどくなく多すぎないソースによって、蟹肉のおいしさが引き立った。料理を作り運ぶ傍ら、オーナーシェフが、店の外に行ったり来たりするのが気になった。仕事がメインディッシュに移ると、ようやくその謎が解けた。外に炭火を起こし、何かを焼いているのだ。私たちは、固唾を飲んでメインの魚が運ばれてくる瞬間を待った。やがて蓋つきの大きな銀色の皿が店内に持ち込まれた。大きな黒鯛のグリエだった。湯気の立ち上るふかふかの身を、見ている前でほぐして、それぞれの皿に盛る。味付けは上質のEXヴァージンとレモンだけ。油ののったその魚の味が、口の中でとろける。そのあと数種類のドルチェからそれぞれ2種類を選び、濃いエスプレッソをいただいて、私たちはすっかり幸せな気分になっていた。そして、東京に、こんな真面目な、シェフの心意気が伝わる隠れ家的な店を見つけられたことが本当にうれしかった。だから、帰りしな2001年6月いっぱいで20年近く続けてこられたこの店を閉めると聞いた時のショックは、非常に大きかった。せめて閉店までに、1人でも多くの人がこの店を訪れ、幸せな時を過ごしていただきたいと願っている。
Bar Pomato・・・渋谷区恵比寿西2-3-11/03-3476-2089/営業時間PM6:00~11:00
寿司仙のばらちらしー東京銀座
東京旅行の2週間ほど前、サライの2001年桜づくし特大号が発売された。真っ先に開いた特集「名店の花見寿司」のなかで私の目を釘付けにしたのが、寿司仙のばらちらしであった。普段はそういう記事を見ても北の果てからすぐに飛んで行けるわけはないので、いつか行きたいと憧れてそのうちに忘れてしまうことが大半だが、今回はその夢が思いのほか早く現実のものとなった。
アーバンホテルの裏手の小道に、ひっそりと寿司仙という看板が出ていた。ガラガラと引き戸を開けると、気持ちよくぴんと張り詰めた緊張感がある。品のよい木のテーブルに座り、おいしいお茶をいただきながらばらちらしが出来上がるのを待った。もう昼の営業も終わりに近づいているのに、そのあと常連らしき人など二組ほど入ってきて、皆ばらちらしを注文した。カウンターでは、一つ一つ丁寧に、ばらちらしが出来上がっていく。サライで見た通り、煮たかんぴょうや椎茸、酢ばすを混ぜたご飯の上に、焼き海苔をのせ、その上に煮穴子、小肌など数種類の魚、そして自然な色合いの美しいおぼろと卵焼きがびっしりと敷き詰められたお重が、やがて運ばれてきた。すべての味がほどよく口の中で混ざり合う。箸休めに手作りのガリがまたおいしい。素材勝負の北海道の寿司に慣れた私たちには、こういった、ひとつひとつにきめの細かい仕事がはいった江戸前への、非常に強い憧れがあった。上質な味わいとともに、常連のお客様にも時間ぎりぎりに飛び込んだ旅行客にも、ひとつも変わらない誠実な応対をしてくださるお店のかたがたに、老舗の風格を感じずにはおれなかった。必ずやまたふたたび、今度は夜訪れたいと思いながら店を後にした。
寿司仙・・・銀座8−6−9/Tel 03-3571-3288/昼営業11:30〜14:00 (昼のみ店内で「ばらちらし」2000円が食べられる。)
甘処茶屋ぶんご−旭川
美瑛に越してきてからずっと気になっている店があった。旭川の街から帰るときよく利用する、一条通りから南5条通に抜ける斜めの細い道沿いにある、小さな目立たぬ店だ。甘処茶屋ぶんご。うーむ。名前からしてそそられる。どんなものが食べられるのだろう。しかし、万が一外れた時のショックは大きそうだ。通るたびに興味を膨らませつつ、店に入る勇気とタイミングを見つけられぬまま、6年が過ぎてしまった。テレマークスキーのインストラクターで現在旭川在住の川上さんが年末ご家族で泊まられた時に、「旭川でおいしいお店は?」という問いに、即座に「ぶんご」と答えられたときには、思わず身を乗り出してしまった。お店のことを色々と伺い、これは行かずにおられようかと胸が高鳴ったのだった。ようやく私一人行く機会を見つけ、店に入った瞬間「しまった!」と思った。今まで6年にもわたって優柔不断を繰り返していた自分を悔やんだのだ。
昼過ぎだというのに、店は混んでいた。メニューを開くと、まず川上さんも絶賛していた釜飯が目を引く。ちりめんを炊き込んだぶんご釜飯のほか、かに、えび、山菜、豆など8種類以上あった。そして、さぬきうどん、餅、雑炊、ぜんざい、しるこ、みつ豆などの甘味、かき氷と続くのだが、それぞれにまた多くの種類があり、私はごくりとつばを飲み込んだ。さらに数種類のお弁当、そして今回私が考え抜いた末に注文したのは「うどんぶんごめしセット」であった。
川上さんがおっしゃっていたとおり、おばあちゃんが厨房を仕切り、娘さん(といっても私よりはだいぶ年上だと思うが。)らしき人がそれを手伝っていた。感じの良い若い男の子が外のことをやっていた。皆働き者だ。店の奥に小さなガラスケースがあり、その上にはおばあちゃんの手作り惣菜や佃煮、ここで使っているだし昆布やいりこ、調味料などが所狭しと並べられている。
ほどなく「うどんぶんごセット」が運ばれてきた。こしのあるさぬきうどんは、昆布といりこのだしがよくきいた関西風。それにちりめんの炊き込みごはんと、お惣菜、つけもの、そしてうれしいことに小豆かきな粉を選べる黒米の混ざったお餅が付いている。ごはんにはちりめんがたっぷり入り、そのちりめんの味を邪魔しないような大きさに切ったごぼうや人参などがいっしょに炊き込んである。おそうざいは、小鉢に卵焼きと切干大根、かぼちゃの煮付けなどが少しずつ盛り付けられている。どれも懐かしいあったかい味がして、心も体もホッとする。化学調味料の味など一切しない、やさしい自然な味わいである。
私はすっかり「ぶんご」の虜となり、これからきっと6年間を取り戻すように「ここ」に通うに違いないという予感を胸に、この店を後にしたのだった。
旭川市南1条26丁目 Tel 0166-32-5270
「むらこし」の豆大福−旭川
高校教師でありペットボトルで雪の結晶を作る方法を考案したことでもおなじみの、そしてまた、いつも薫風舎のコンサートの世話役をしてくださる旭川の平松さんが訪れる時には、たいていその手に「むらこし」の豆大福の入った袋をぶら下げている。
平松さんの士別高校時代の教え子が勤めるその和菓子屋は、旭川のロータリーを国道40号線に入ってすぐ、北海道にはめずらしい風格のある古い木造建ての、いかにも老舗らしい雰囲気を持っている小さな店だ。
店に入ると、古めかしいショーケースの中ではなくその上に、豆大福の6個入ったパックが2つか3つ、さりげなく静かに置かれている。ああ、まだあって良かった。
小ぶりの豆大福は、指でつまんでも形が崩れてしまうほど柔らかなお餅の中に、
程よい歯ごたえの黒大豆がたくさん入っている。その塩加減と、あまり甘すぎない上品なこしあんのバランスが絶妙で、つい2個目に手が出てしまう。日本に誇る旭川の良心と呼ぶに値する逸品である、と私は勝手に思っている。
豆大福のほか、季節ごとに丹精こめて作られる和菓子もそれぞれ味わい深い。特に夏限定のくず桜は、私たちの憧れである。7、8月はめったに旭川には出れないので、毎年憧れで終わってしまわぬよう、どうにか手に入れるようにしている。3月3日が近づくと登場する、道明寺と薄皮を焼いた2種類の桜餅も捨てがたい。必ず2種類とも買ってしまう。
旭川市常盤通2丁目 Tel 0166-26-2676
「長春飯店」−札幌
薫風舎日記や案内板にも幾度となく登場した中国料理店「長春飯店」は、守分家御用達の店である。環状線を地下鉄平岸駅のほうに曲がってすぐの斜めの交差点を少し入ったところにある、地味で小さなその中国料理店を私たちが見つけたのは、何年前だろう。偶然車で通りかかって、そのあまりの目立たなさにひかれ、
勇気を振り絞ってのれんをくぐったのであった。
中国の東北地方出身のご夫婦は、無口だけれどいつもニコニコと私たちを迎えてくれる。本場中国の餃子の味に、何度私たちは涙したことか。そして大食漢の私たちは、最後の会計の時にふたたび涙するのである。「や、安い・・・。」
ご主人の劉さんが作る北京料理は、温かい家庭の味。メニューも豊富で、定食もたくさんある。餃子のほか必ずといって良いほど注文するのは、鶏のから揚げ、酢豚、八宝菜、チャーハン、春雨のサラダ、ああ、書いているときりがないのでお好きにどうぞ。
美瑛に来てからは、なかなか行く機会がなくなり、両親や妹夫婦に「昨日行ってきた」と自慢されて、悔しい思いをしている。それからもう一つ、守分家のお正月の味となっている(私たちの口にはなかなか入らないが。)、要予約の北京ダックも一度ぜひお試しを。
札幌市豊平区美園11条5丁目1−17 Tel 011-813-7380
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